199511 ランダム
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ふらっと

ふらっと

暗礁宙域

「キャプテンっ、あたしの機体のマーキング、なんでいけないんですかあっ!」
 大変な剣幕で、プルがブリッジに上がってきて、キャプテンシートのシン・トドロキにくってかかった。
 彼女の後を追いかけてきたヤマト・コバヤシも、突然作業を中断しろと艦内放送で怒鳴りつけられたために、狼狽している。
 ことの次第は10分ほど前に遡る。
 キャプテン・トドロキは、モビルスーツハンガーで、ヤマトの操るザクがライフル組み立てを行う様子を見聞し、その手際についてチーフメカニックのエディ・ローエンと話をした後、偶然にリゲルグ・シルエットにマーキングを追加するという話を耳にした。
「コクピットハッチに線を引くだけだっていうから、それくらいならいいとは言ったが、まずかったのか?」
 マーキングのデザインについてはエディも知らないと言うので、直接プルに聞こうとしたところ、ザクのパイロットであるタクマ・アオノが作業を終えて戻ってきて、
「おれ、デザイン知ってますよ」
 と、プルが見せてくれたラフスケッチよりも正確な図形として、そのマークをホワイトボードに描いてみせた。
 エディには何を意味する図形なのか分からなかったが、キャプテン・トドロキの顔は青ざめるところまではいかにいにしても、かなり引きつったようだ。
「力の出るおまじないって、彼女言ってました」
「おまじないだとぉ・・・すぐにやめさせろっ、この申請は却下だ!」
 キャプテンの態度が急変したので、タクマも慌てて詰め所の隅にある艦内電話に取り付き、ハンガー内へのオープンチャンネルで作業をやめるように告げたのであった。
 このときプルは、点検用ベッドに固定されたリゲルグ・シルエットを見上げながら、塗装用の道具を引き出してくるヤマトを待ち受けているところだった。ヤマトはヤマトで、ザクを使った作業が終わってすぐ、それこそ一息つく間もなくリゲルグのマーキングに取りかかるところだった。

「リンク・P・プルサードっ、誰から聞いたか知らんが、あのマーキングは許可できん。理由を聞きたければ教えてやる」
 そう切り出したキャプテンに、プルはさらに詰め寄って理由を聞こうとする。キャプテンはつとめて平静を保たせながら、理由を言った。
「第一に、あのマークには版権がかかっている。君が使用すれば、べらぼうな版権料を支払わなければならない。第二に、あれは力の出るまじないなんかじゃない。むしろ力を抑制できなくなる怖いサインだ。第三に・・・これが一番大事だぞ。もとのデザインを描いたやつを見せてみろ」
 キャプテンにがつんと言われて、おそるおそるデザインをメモした紙片を差し出したのはヤマトの方だった。デザインを一瞥したキャプテンは紙片をプルに見えるように片手でかざし、もう片方の手で指さしながら言った。
「やっぱりそうだ。タクマが書き漏らしたかとも思ったんだがプルよ、お前さ、このデザインは間違ってるぞ。この横の線の位置が上すぎるし、斜めの線が1本足りない。そういう恥ずかしいミスをしたままのマーキングをだな、うちの機体に描かせるわけにはいかんのだ」
「じゃあ、正確な図形を教えてくださいよ。版権料だって払うもん」
「だめだったらだめだ! あれを描いて機体制御ができなくなって大けがしたパイロットがいっぱいいるんだ。曰く付きのマークなんだよ」
 このあとのプルへの説得は、パイロットとメカニック総出で行うこととなったらしい。ところが「そんな逸話があるとは知らなかった」と、エディは説得力のない立場に立たされてしまった。
「まったくもう、この忙しいときに妙なトラブルを持ち込むんじゃない・・・ところで、何の提案をしたいって?」
 騒ぎがブリッジから遠ざかって、キャプテン・トドロキは、通信オペレーションの助手席に座ったヒトミ・イオギにたずね返した。副長ケニーの推薦で、彼女はレクリエーションサービスの任から、ブリッジ勤務の情報検索・分析担当に移っていた。
 その彼女から、トラップの索敵に関する提案が行われたところへ、プルのひと悶着が起きたのであった。
「素人考えなんですけど、トラップという異常空間はレーダーで捕らえられないと言われてますよね。これを見つけられるかどうかの提案なんです」
「・・・そりゃすごいぜ。やれ調査だってんで駆り出されはしたがな、どこをどう捜しゃいいかはあまり自信がないんだ」
 キャプテン・トドロキはブリッジのフロントウインドゥに背中を持たれかけ、腕組みをしながらオペレーター席のヒトミを見上げる。
「あの、レーダーでだめなら、ミノフスキー粒子を一定濃度で散布した上で、その基準値が下がったポイントにアタリをつけてみてはどうかと思うんです。ミノフスキーレーダーの応用みたいなものですけど」
「ああ、そういうことか。なんでもかんでも引っ張り込んじまうトラップの特性を逆用するわけだな。ミノフスキー粒子の散布は現状装備でも可能なのか?」
 キャプテン・トドロキは、ヒトミと向かい合わせの席に座るロイ・ハスラム通信士に問い合わせる。ロイはヒトミがブリッジ勤務になったことで、通信関係のパートを彼女に任せ、機関制御のパートを専任するようになった。
 ミノフスキー粒子の扱いに関しては、エンジン関係の部門となる。ロイは本来、機関員なのだ。
 ミノフスキー粒子。旧ジオン公国が養護していた物理学者、Y.T.ミノフスキー博士が存在を予言し、ヘリウム3の核融合実験中に発見した、強力な帯電機能を有する素粒子のことだ。
 この粒子は、静止質量がほぼゼロの正か負に帯電した素粒子で、立方格子状に整列して与えられた地場によってフィールドを構築する性質がある。フィールドはプラズマ圧をかけると反発するという特性もあり、『Iフィールド』と呼ばれている。
 『Iフィールド』の開発、つまり「ミノフスキー粒子の反プラズマ特性利用技術」は、熱核融合の一番の問題であった超高温超高圧の封じ込めを解決した。熱核融合炉の超小型化こそ、モビルスーツの動力炉の実用化に結びつき、モビルスーツも平均全高18m程度のサイズに落ち着いたのである。
 モビルスーツの扱うビームサーベルでも、『Iフィールド』はメガ粒子をサーベルの形に保つために利用されている。サーベル状に構築された『Iフィールド』に、プラズマであるメガ粒子を流し込むことによって、ビームブレードが形成される。
 ビームサーベルでビームサーベルを切り結び、受け止められるのも、反プラズマ作用を持つ『Iフィールド』同士の干渉によって「切り結んでいるように見える」のである。
 反プラズマ作用を利用した別の運用には、ミノフスキークラフトがあげられる。艦艇が推進する際、艦体下方に『Iフィールド』を構成し、船体下部にプラズマを発生させて、その反発力により自重を相殺するのである。ホバリング行動や超低空飛行も可能になり、消費燃料も軽減できるほか、艦艇全体を包み込むことができれば大気圏への再突入も可能である。
 他ならぬペガサス級強襲揚陸艦が、この方式を導入した史上初の艦艇なのだ。ペガサスタイプは『Iフィールド』技術による大出力のミノフスキークラフトを使うことで、打ち上げブースターを必要とせずに地球大気圏をも離脱できる。
 ミノフスキー粒子は、超小型熱核融合炉の実用化という所期の目的を遂げたが、その付帯機能として、電波、赤外線、放射能等を反射、吸収してしまう物質特性が利用され、電波攪乱粒子としての応用に展開していった。
 これが戦術兵器として投入され、一定濃度以上散布された空間では、レーダーや赤外線感知等の索敵手段が一切使えなくなった。宇宙世紀における超近代戦争は、このときから古来の有視界戦闘に引き戻されたのである。
 熱核融合炉から取り出されるミノフスキー粒子を回収し、散布する設備は、軍用艦には必ず装備されていたが、グリフォンのそれがどうなっているかは、キャプテンも確かめてはいなかった。
 船乗りならば精通した知識であったが、モビルスーツのパイロットにとっては、電子機器にさえも影響を及ぼすことのあるミノフスキー粒子などは、あってもなくてもどうでも良いものなのだろう。
「いけると思いますよ。熱核融合エンジンブロックとミノフスキー粒子発生装置は切っても切れない縁ですからね。外部への散布システムもロックされているだけで、わざわざ取りはずすほどの手間はかけていないでしょう」
 ロイはグリフォンの配管図面をモニターに呼び出しながら検索する。
「問題は、軍艦でもない船が、戦時下でもないのにあれをまき散らしてそこいらじゅう電波障害を引き起こすってことだな。グリフォンのシステムで散布した場合は、半径50キロから通信妨害の苦情を受けることになりますね」
 その点を指摘されて、キャプテン・トドロキは顔を曇らせる。ヒトミも電波攪乱のことを無視していたわけではないが、困ったように言った。
「やっぱり取り下げましょうか」
「いや、かまわん。それを我々より先に軍にやらせちまえばいいんだ。MSを出すような状況になったらレーザー通信と光信号でやりとりしよう。向こうの艦長に会ったら進言しておくよ」
「あのぉ・・・」
 勢いであがってきて、勢いで飛び出していったプルに置き去りにされたのか、ヤマトがブリッジの隅で申し訳なさそうに声をかけた。
「ヒトミさんのアイデアにけちを付けるつもりじゃないんですけど、サイド4の暗礁宙域でミノフスキー粒子をまき散らすのは、もし何か起きたときにリスクが高いと思うんですが」
「そんなことは百も承知だ。ある程度航路に影響が出るだろうが、目をつぶってもらうしかないだろう」
 キャプテン・トドロキはヤマトの方を向きながら言い切る。ここで「用もないのに口を出すな」などと叱ったり、その逆に無視したりしないところが、キャプテンの人となりであった。
「お前は宇宙で働きだしたばかりだから分からないかもしれないが、宇宙を仕事場にしている奴には、それくらいのリスクを背負い込んでも回避できる力量が育っているのさ。そう心配するな」
「は、はい・・・でも、僕は・・・皆さんの技術を疑ってるつもりじゃないんです。これは素人考えなんですけど、ヒトミさんのアイデアを、別のもので代用できるんじゃないかと・・・」
「おいおい、まさか煙幕でも使えとか言うんじゃないだろうな?」
 ロイがからかうが、ヤマトはまじめな顔で言う。
「煙幕じゃありません。流星群です」
「流星群だと? 流星群て・・・あの流れ星のことか」
 キャプテンもロイも、もちろんヒトミも、そろってきょとんとした。彼らスペースノイドにとって、流れ星というものの知識はあっても、印象はほとんどない。
 ヤマトはそのことに気が付き、正確に言い直した。
「ここでは彗星のしっぽ、と言った方が正確でした。確か今の時期、ティエリー彗星が地球に再接近していて、彗星の尾が地球軌道を横切っているはずです。だから地球圏は今、いつもより“星間物質”が濃いんです」
「塵か、チリと氷をミノフスキー粒子の代わりにするのか」
 ロイが感心したように言った。声のトーンが少しだけ上がっていた。
「はい。それなら電波障害の心配はありません。ただ濃いとはいってもレーダーの感度でどれくらい干渉をキャッチできるかは、僕には分かりませんけど・・・」
「お前、あたまいいなあ」
「よし分かった。ヤマトの意見が技術的に可能かどうかの点検をやらせろ。それにしてもヤマト、彗星のことは知っていたのか?」
「はい、これは地球上の話ですけど、毎年3月に、地球がティエリー周期彗星から出ている塵の破片の中へ突入した時、オリオン座流星群の活動が高まるんです。流星の流れる起点がオリオン座の中にあるから、オリオン座流星群と呼ばれています」
 キャプテンは「ほうほう」と頷きながら、
「それをいつ思いついた?」
 とたずねる。
「さっきザクの整備をしていて、タクマさんに機体の擦り傷のことを教えてもらったんです。場所によっては、ほとんど一定方向にこすったような細かい傷がたくさん付いてるんで、どうしたのかを聞いたら、空間に漂ってるチリやゴミが付ける傷だって。全速力で移動したりするとごく稀に付くんだそうですね」
 ヤマトは、その話を聞いたときに彗星のことを思い出したのだという。
「彗星ねえ・・・パイロットを長くやってたが、そんな素人目にも分かるような擦り傷が付くなんて経験はなかったぞ」
「そうだと思います。タクマさんも、何でこんなに傷が付くんだって首をひねってましたが、オリオン座流星群は毎年の天文イベントですけど、ティエリー彗星って、76年ごとに地球の近くへ回帰してくる周期彗星で、戻って来たときには流星群の出現数はものすごい数になるんです」
 この説明は、天文学の専門家でない彼らにはピンと来なかった。ヤマトは知っている知識の中から情報を整理しながら話を続ける。
「ええと、つまり、彗星が通った跡に残る塵のチューブの中を地球が通った場合は、地上ではものすごい流星群が現れます。ほんとかどうか知りませんけど、大昔の記録では1時間に15万個くらいの流星嵐が見られたという話です」
「地球にその彗星が接近した年は、星間物質が濃くなってるのね? 15万個は信じられないけど、流れ星が雨のように降る景色って、きれいなんでしょうね」
 ピトミがおもしろそうに聞いた。
「ところがそうでもないんです。実際にはきれいなんですけど・・・戦争が長く続いたでしょ? 流星群のような規模で流れて燃え尽きるのは、バラバラになった戦艦の破片だったりしますから、流れ星を見上げて『きれいだね』って言えるのは、そういう環境をまだよく知らない子供だけです。大人の間ではそういうのって、何となく不謹慎な発言になってます」
 ヤマトはそう言ってしまってから、デリカシーがなかったかなと反省した。無言で背中を向けている操舵手の首筋が、ヤマトの今の一言を耳にした瞬間、ぴくりと動いたような気がしたからだ。
宇宙世紀以前の時代、U.C.施行よりはるか昔に発見されたティエリー周期彗星は、最近では0026年6月28日に最も太陽に近づき、約1ヶ月後の7月下旬に、地球が太陽を回る軌道面を横切った。
 天文記録をひっくり返せば確実に残されているだろう。翌年0027年には大流星群が地球で観測されているはずだ。
 だが考えてみれば、0027年といったら、月面都市フォンブラウンが完成した頃である。サイド建設が始まった時代で、ジオン公国もモビルスーツも存在しない。
 キャプテン・トドロキがどれほど歴戦の勇士であっても、自分自身が生まれてもいないのでは、こればかりは知り得ない話だ。
 0103年、ちょうど今年は、公転周期76.3年の太陽系軌道を描くティエリー彗星が駆け抜けた年であり、そのたなびく尾の中に、サイドを含む地球が飛び込んでいる。
 流星とはそもそも、太陽系の中を運動している小さな天体が地球の大気層と衝突し、高温になって大気を光らせながら消滅する現象だ。流星は光ってから初めて観測されるが、宇宙空間においては光る以前の流星の「種」が無数に存在している。彗星の尾もその大きな要素だ。
 彗星は、ガスを主成分にしたものと、固体の微粒子を主成分にしたものとの2種類の尾を持つ。ガスの尾は太陽の反対方向に直線的に延び、微粒子の尾は曲線状に延びる。ガスの尾は太陽系空間に拡散するが、微粒子の尾は彗星の軌道に沿って拡散しながら運動を続ける。
 地上の天文学者は、流星群の観測準備を進めているだろうが、宇宙では通信衛星などの人工構造物が、隕石の衝突の脅威にさらされる可能性がある。
 残念ながら、塵の密度が最も濃い部分が正確にどこに来るのかは、現在の技術をもってしても予測できないのである。これを想定して、スペースコロニーには、コロニーの外殻を破壊するおそれがある場合の隕石衝突に備え、ミサイルやメガ粒子ビームによる迎撃システムを持っている。
 D3.もその例外ではない。だからティエリー彗星に関する情報が欠落していた事実は、モビル・ダイヴを運営する企業スタッフとしては問題かもしれない。言い訳をすれば、ここ数ヶ月はそれほどに多忙を極めたということなのだが、本当のところは、「構造物や船舶に被害を与える懸念」の質量を持った隕石を警戒しているということで、通信障害にもならないレベルの塵までは考慮に入れていないのだ。
「彗星とトラップとの因果関係なんてのは・・・ないよな」
 ロイが口を挟む。
「ないんじゃないでしょうか。そこまで想像力を働かせちゃうと、ドラマの世界になりますよ」
「しかしヤマトの博識さってのも意外な資質だったな。今の子供はマジで学校なんか行かなくても勉強する気があるやつは、できるってことですかね」
 ロイがヤマトをほめる。そこへ、操舵手のワイン・バードナーが初めて話に混じってきた。彼は舵輪に手を添えたまま、前方を目視で観測しながら言った。
「知識を吸収するのは、やる気だろうが、そういう環境に恵まれたかどうかも大事な要素だな」
「そう思います。僕はその意味では恵まれていました」
 ワインに言われたとおりだと、ヤマトは身を寄せた環境に感謝している。
「よしよし、とにかくお前は持ち場に戻れ。船はもうじき宇宙軍と再接近だ。トラップ調査を開始する」
 キャプテン・トドロキは時計を見ながら告げた。
 ヤマトがシャフトエレベーターの扉を閉じたあと、ワインはぼそりと言った。
「大昔、人類が宇宙を星空として眺めるだけだったころの話だそうだが、流星というのは夜空にあった星が本当に落ちてしまうものだと信じられていたそうだ。星が流れるという光景は、不吉の象徴でもあったらしい」
「えっ、流れ星って、見た瞬間に願い事を唱えるものじゃないんですか?」
 ヒトミがびっくりしたように聞き返す。
「そういう伝えもある。が、流星群みたいな規模となると、民俗学的には天変地異の一環にも扱われただろうな」
 ワインは振り返りながら答える。
「ヤマトって小僧は、博識なだけじゃない。少々周囲に気を遣い過ぎるみたいだが、他人の痛みを理解できる男になれる素質がある」
 その意見を聞いたキャプテンも目を丸くした。ワインの評価がこれほど高いのは、かなり珍しい。ヒトミが重ねて聞いた。
「なんでわかるんです?」
「教えない。あんまりほめると、あいつにとってためにならない他人の評価が耳に入るだろうからな。だけどキャプテン、あの品行方正さはちょっと鼻につくぞ」
「俺もそう思う。おいおい鍛えていけばいいさ」
 このあとヒトミはしばらくワインと教えて教えないの問答を続けたが、ワインはついに口を割らなかった。


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